第三章『交錯』 ( 七 )


「それじゃあ、おやすみ〜」
「ああ。昼までには起きろよ」

そんなに寝ないよ、と頬を赤らめながら、ノルヴァは部屋のドアを静かに閉めた。
そして、持っていた鍵の番号を確かめると、プレストとガディラは歩き出した。

「あとは、ガディラの部屋だな……」
「ああ、頼む。ところで――」

ガディラが前を向いたまま、笑顔で言った。

「なんか、気になって仕方ないっていう視線を、さっきから感じるんですがねー」
「う……」

プレストは視線を逸らしながら、なかなか鋭い奴だ、と心の中で思った。
実際に視線を向けていたわけではない。ただ、心の中で、なぜガディラはあそこまで心配したのだろうか、と議論している内に、そのことを悟られたらしい。

「ま、そりゃ引くだろうな。あん時若干、取り乱していたし」
「いや、別に引きはしねえけど……。ただ、あそこまで心配されるとは思っていなかったから、ちょっと驚いたというか……」

するとガディラは、突然足を止めた。それより少し前に進んだところで、プレストも止まる。
不思議に思って、プレストは振り返った。

「どうした?」
「……俺は、フェティス島出身でね」

唐突に発せられたその言葉に、プレストは驚愕した。
フェティス島とは、スレア国とバーニス国との間にある小さな島である。元々スレア国領土だったが、現在は「光の壁」によって分断されているため、その状況を知ることはできない。
その島の出身者だというのだから、驚きだ。スレア国に来るには、「機械主義」国内を通っていかなければならないからだ。

「本当に……あの島の、出身だってのか?」
「ああ。……もう、人は住んでいないだろうが」
「!」

プレストの中で衝撃が走った。ガディラの言葉と表情から、目を背けたくなるような出来事を察したからだ。
ガディラは語り始めた。

「八歳の時に、機械兵の集団に襲われたんだ――」

ガディラの脳裏に、あの時の記憶が甦ってくる。
漁業の手伝いをしようと、一人漁船に乗り込んでいた時のことだった。あちこちが騒がしくなり、不思議に思っていると、父が慌てて駆けてきて魔術を唱え始めたのだ。

『ガディラ!お前だけでも逃げろ!生き延びるんだ!!』
『お父さん!?逃げるってお母さんは!?』

状況が把握できないガディラに対し、父は返答せずに風の魔術で漁船を遠くまで飛ばした。すぐに小さくなっていく父の姿に、幼いガディラは手を伸ばした。
その瞬間だっただろうか、機械兵が現れ、そして父に銃を向けたのは――。

「……俺は、全員の最期を見ていない。けど、おそらく生存者は……」
「……っ!」

拳を強く握り締め、震えるガディラを見て、プレストは胸を痛めた。
それでも、ガディラは言葉を続けた。

「それでな、あいつら皆殺しにするつもりだったのか、俺を追いかけてきやがったんだ」
「な……」
「しかも、その時目の前に『光の壁』が迫っていた……もう駄目かと思った」

ここで、ガディラは伏せていた目をプレストに向けた。

「すると突然、『このまま進め』という男性の声が聞こえてきたんだ。よくわからなかったけど、他に選択肢はなかったし、とにかく俺は無我夢中で突き進んだ。そしたら……あの『光の壁』をすり抜けていた」
「何だって!?」

プレストは思わずその言葉に食いついた。
決して通ることはできないとされている、あの「光の壁」をすり抜けたとは信じられない。だが、そうでもしなければ、今ここにガディラはいないだろう。嘘を言っているようにも見えない。
ガディラは少しだけ表情を和らげた。

「まあ、そのおかげで機械兵から逃れることができて、俺はスレア国の海岸に漂着した。そして……アルス様とレディーナ様に助けられたんだ」
「俺の、両親に?」
「ああ。お二人には本当にお世話になってな。しばらく面倒を見てくださったし、俺が『ずっと世話になるわけにはいかない』ってことを言ったら、今度は養親を探してくださったんだ。それで今の家族に引き取られたわけだ」

そして、ガディラからの情報は、「魔術主義」国会議で秘密裏に取り上げられ、ガディラの存在をバーニス国に知られないよう、配慮もしてくれたという。
プレストは、自分の知らないところでガディラと両親が関わっていたことに驚いたが、語られる両親の優しさを懐かしく思った。
すると、ガディラは表情を曇らせた。

「俺は、いつか恩返しをしようと思っていた。けれど……お二人とも殺されてしまった」
「……」

その言葉に、プレストもまた目を伏せた。
そして、一瞬だけあの事件の光景が甦り、プレストは思わず顔を背けた。そんな様子を、ガディラはつらそうに見つめる。

「もちろん、お前のことも聞いた。俺はこれ以上、大切な人やその残された人が傷つくのは、もう見たくないと思った。……それから、今年に入って資格を取って、護衛人希望でライザーズ家に来ていた時に、トラスト様に特殊部隊を勧められたんだ」
「それで、特殊部隊に……?」

プレストの問いに、ガディラは頷いた。

「ああ。少しでもバーニス国のことを知るために、そして、少しでもライザーズ家の役に立つために、と……」

そして、苦笑いを浮かべた。
役に立つため、というのが少し恥ずかしかったようだ。しかし、その意志はとても強い。真っ直ぐな瞳から、プレストはそう感じた。
少し間を置いてから、プレストは口開いた。

「つらいことも、正直に話してくれてありがとう。……なんか、俺が言わせるような雰囲気作ったようで悪かったな」
「別に構わないさ。俺自身がバーニス国と『光の壁』に関わる情報みたいなもんだし、ご両親とも少し関わっているし……いつかは、話そうと思っていたからな」

すると、ガディラは数歩歩いて、ある部屋の前で止まった。そして、鍵の番号と部屋番号を確かめる。

「まあ、とりあえず話はこれくらいだ。こっちも長々と悪いな。明日のためにも休もうぜ」
「……ただな、ガディラ」

ガディラが明るい声で言うのを、プレストは静かな声で遮った。
そして、不思議に思っているガディラに向かって、はっきりと言った。

「もし、お前がどうしても俺の両親に恩返ししたいと思っているなら……まず、自分のことを考えて生きろよ」

その言葉に、ガディラは目を見開いた。

「たぶん、俺の両親ならそれを望むと思う。お前は恩返しとして、ライザーズ家の役に立とうと思っているけど……お前が幸せならそれで十分だと思うぞ、俺は」

アルスとレディーナに対して、ガディラは恩返しをしたいと思っている。今回の特殊部隊入隊もそうだし、プレストに対する態度も、おそらくそれがあるからだ。
けれどもプレストは、もし両親が生きていたら、こんな風に言うのではないかと思う。「幸せに生きてくれればそれでいい」と。ただ、それだけを願っているはずだ。

「なんつーか、もし恩返しのことで囚われているなら、と思ってな……上手く言えねえけど。……じゃあな、ガディラ。おやすみ」

他に言葉が思い浮かばなかったのか、一方的に言うと、プレストはすぐにその場を去っていった。
ガディラはしばらく呆気に取られていたが、やがて微笑みを浮かべた。

「自分のために時間を、力を使えってことか……確かに、あの方々なら言いそうだ」
(そして、プレスト……お前もそれを望んでいるんだな……)

助けられた時から、ずっとライザーズ家のことを考えてきた。恩返しのためならつらいことでもやり遂げてみせる。そうすることで、少しでもプレストたちがつらい想いをしなくてすむのなら、と。
だが、プレストもその両親も、そういったことを望まないのなら、自分の幸せを願うなら、この先どうしようか。特殊部隊では、プレストたちを支えることに変わりはない。だが、任務を終えた後については、少し考えてみるのもいいかもしれない。
そう思いながらガディラは、プレストが去っていった廊下を見た後、静かにドアを閉めた。


そして、翌日――。
太陽が真上に昇る頃、特殊部隊はライザーズ邸の門をくぐり抜けていた。装備も何度も確認し、準備は完璧だった。
整列した彼らの前に、トラストが立った。

「準備は良いな?」
「おう!!」

トラストの呼びかけに、皆は威勢のいい声で答えた。それに満足したのか、彼は笑みを浮かべる。

「それでは、任務開始じゃ。行ってこい!」
「了解!!」

敬礼してトラストに背を向けると、特殊部隊は歩き出した。
プレストはまっすぐ前を見る。
両親を殺害し、ガディラの故郷を奪い――あらゆることを行ってきたバーニス国に、少しでも近づける機会を得た。何か胸騒ぎがする中で、手がかりをつかめるのかもしれないという期待感を持つ。
きっとこれが、始まりとなる。
そう思った時、それに応えて右目が熱くなったような気がした。


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